三
金曜日、アルバイト独り立ち二日目。
週休二日制を取り入れる企業が少しずつ増えてきているのだが、天国飯店の客には遠い未来の話のようだ。明日の仕事を考えてか、金曜日の夕飯時もいつもと変わらずラッシュがやって来た。午後六時を回ると腹を空かせた肉体労働者や学生たちが立て続けにやって来て、早く注文を取りに来いと険しい表情で夏生を見た。
「俺は餃子二人前とビール。それから天津飯や」
「俺もビールくれ。あと、酢豚定食」
「ジンギスカンと餃子や」
「ラーメンと炒飯、餃子」
「兄ちゃん、鶏唐揚げくれ。あと、酒を冷でくれ」
「回鍋肉と炒飯や」
おっちゃんが間髪を入れず応じる。
「すんまへんなあ。回鍋肉は六月からやりますわ。すんまへんなあ」
「しゃあないなあ。ほな兄ちゃん、ニラ肉炒めと炒飯にするわ」
一気に六人の注文を受ける。
「焼き飯二、天飯、酢豚、ジンギスカン、唐揚げ、ニラ肉」
客の注文を漏らさず言えることが、自分自身でも不思議だった。
おっちゃんは低い声で注文を復唱しながらガスを全開にして背筋を伸ばした。夏生はまな板にプラスチック皿を三枚と炒飯用の皿を二枚並べ、唐揚げ用の瀬戸物皿にキャベツの千切りをのせる。身を屈めて冷蔵庫からニラ一束を取り出すと、ペティナイフで五センチメートル長にザクザクと切ってザルに入れる。呼吸をしていないような感覚だ。
最後に八角の中華皿に天津飯用の飯を盛って、餃子鍋に跳んだ。餃子鍋のガスを全開にすると同時に左横のガス台も全開にする。そこにはラーメンを茹でるために湯を張った中華鍋が置かれていて湯の沸騰を待つのだ。餃子は四人前だ。油で黒光りしている鉄板に六個一人前の餃子を四セット綺麗に並べる。
サラダ油を垂らしたところでカウンターから声がした。
「おい、兄ちゃん、ビールどうなっとんねん」
忘れていた。飲み物は最初に出せと西山に言われたことが頭をよぎる。
「すんまへんなあ。しっかりしてや」
客と自分に順に向けられたおっちゃんの声が聞こえた。
本連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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