当時のことで一つ印象深く残っているのは、上映館(テアトル池袋)に掲出された有吉佐和子原作『恍惚の人』の宣伝看板だった。〝恍惚〟というのはまだ馴染みのない言葉だった。近年こそ「認知症」が一般に使われるようになったが、ぼけ老人と揶揄された時代に、このテーマを取り上げた作家の先見性を見た。

大変のびやかな時代で、受験勉強のかたわら心の安らぎを得たのは、ラジオから流れる洋楽と「今日の話は昨日の続き、今日の続きはまた明日」という軽快なテンポで始まる前武(前田武彦)さんたちの番組や、カメ(亀渕昭信)さんのパーソナリティで人気のオールナイトニッポンといった放送だった。谷間に三つの鐘が鳴る、ナット・キング・コール、パット・ブーンの音楽に癒やされる日々だった。

通学路は都電の32番線(今は荒川線と名称が変わり、終点が三ノ輪橋まで延伸)の日ノ出町(現在の東池袋四丁目)から早稲田へ出るまでのルートだったが、時間に余裕のある時は歩いて雑司ケ谷霊園の「いちょう通り」を通り抜けて日本女子大の脇の豊坂を下って早稲田まで歩いていった。かぐや姫の「神田川」の舞台である。

高校二年になって進路分けが行われ、一学期の中間テストでクラス一番になって浮かれて油断してしまったのが祟って、大学受験に失敗、目の前の大学に進むのに一年余計にかかってしまった。

 

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