「初めてゴルフを教えてくれた方を、スーちゃんって呼んでいたの。須賀さんという人だったのだけど、上手なのよ。ハンディキャップ8だったの。上司だったけど、仲良しだからゴルフのときはスーちゃんと呼んでいいと言われたの。彼は、私を桔梗って呼んでね、ラウンドしていてそう呼ばれると、一緒にプレーしている人は私をスーちゃんの愛人だと思うわけ。

でも、スーちゃんは本当にいい人で、全然いやらしいとこなんかなかったわ。その人にマナーやプレーの心得を教わったの。彼が言うには、私を自分の子供のように思っているんだって。スーちゃんが転勤してからは、前の練習場のスクールで一緒だった人たちとコースへ行ったの」

こうして、話と食事は進み、デザートのメロンを食べようとしているときだった。テーブルの向かいに座った彼女がそっと手を伸ばし、私の手を握ってきた。じっと私の目を見ると言った。

「実は、私人間じゃないの」

「またまた。じゃあ桔梗さんは猫か。ごろごろ甘えるのが好きな……」

「私は、姿は人間なんだけど、ヴァンパイアとかの仲間だと考えてもらえば分かりやすいかな。人間ではあるけれどね、特別な能力を持った人間だと考えて。日本の民話では、『雪女』だと思ってくれればいいと思う」

「それにしては、優しいし、息だって、温かいでしょう」

「本当のことを話すから、きちんと聞いてくれる」

そう言うと桔梗さんは私の左手を取って、フウっと息を吹きかけた。

「いてっ」

思わず私は手を引っ込めて、顔をしかめた。

息は相当に冷たかった。冷たいのを通り越して、痛く感じたのだ。私は息がかかった手の甲をさすった。彼女はもう一度私の手を取った。今度は何をされるのか不安だったが、なぜか抵抗できなかった。今度は冷たくなった部分をゆっくりと撫でてくれた。ほどなくその部分が温かく感じられ、元の手に戻った。

「私の全てを話すと相当時間がかかるから、今日は簡単に話すわ。そして、私を嫌いにならなかったら、これから時間をかけて私を理解してほしい」

私は、彼女が雪女だということを信じた。手の冷たさは催眠術などではなく、本当に彼女の息のせいだと思った。未知の人との出会いだったが、私は意外と冷静でいられた。

 

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