一夜が明けた。葉月も終盤に向かおうというのに、この日も朝から日差しが強く、暑さだけが身に染みただけで、何も起こらなかった。

二日目も同じように何事もなく過ぎていった。三日目の朝を迎え、今日も、前二日間同様、特別な事が起こる気配もなく、いよいよ明日に迫った駅前開発事業計画最終打ち合わせを目前に、有三はすべてを打ち明ける覚悟を決めていた。九月の運営委員会に向け、成案の最終チェックを行う大事な会議であったのだ。

卒なく謝罪を行う段取りを付けようと、二時間も早めに役所に入った。いつものように、事務所内を一回りしたその時である。朝日はまだ低空で、旭光(きょっこう)が部屋の奥深くまで差し込んでいた。その時彼は、自分の机とその脇に置かれたゴミ箱の間で、キラッと何かが瞬いたのに気が付いたのである。

もしかしたらの期待感と、思いが叶わなかった時の落胆ぶりが等しく脳裏をよぎる中、恐る恐るゴミ箱をずらしてみた。するとどうであろう、何もなかったような顔で平然と横たわっていたのは、彼が死に物狂いで探し求めていたUSBメモリだったのである。

表層部の金属が、折からの旭光を反射しておのれが存在を誇示していたのであった。

「私に瞬きを送ってくれてありがとう。これさえあれば私や家族、そして役所すべてが救われる。早起きは三文の徳とは、よく言ったものだ。本当によかった」

有三の目には涙が滲んでいた。そしてさも大切そうにそれを眼前に翳(かざ)し、

「何てことはなかったんだ。最初からここに落ちていたのに、もっと念入りに見ればよかった。ただし、机の脚に付けた滑り止めの木枠の間に挟まっていたのだから、ゴミ箱をどかしたぐらいでは気が付かぬのも無理はないな」

と、苦笑いをしながら一人呟いていた。すると、今まであれだけ心配した自分がどうしようもなく滑稽に思えてきたのである。

 

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