日本の戦国時代でも、敵の城を攻め落とした際には、敵方すべてを殺し一人も残さなかった。虐殺で相手を抹消した。古代から、民族の戦いで相手を抹消することが繰り返されていて、現在があるが、まだ同様なことが行われているのは情けないことである。
ジェノサイドという言葉は、ギリシャ語の人種、部族を意味する geno と、ラテン語の殺人を意味する cide を合成してできた言葉 genocide である。また、提訴は国際司法裁判所にて行われる。ジェノサイド認定は慎重であるが、国際関係は難しく、本来、私が言及するのは難しい。
1998 年に国連で採択されたジェノサイド条約(集団抹殺犯罪の防止及び処罰に関する条約)がある。定義の4番目に「集団における出生を防止することを意図する措置を図ること」があり、優生保護法はこれに該当する。我々聴覚障害者の仲間にも犠牲者が多数いることは忘れてはならない。
ジェノサイドについては多く記載されている。有名なのは、ドイツがユダヤ人抹殺を意図したホロコースト。この中にアウシュビッツなどに強制収容されて奇跡的に生き残った精神科医で心理学者のフランクルが後に書いた『夜と霧』(Trotzdem Ja zum Leben Sagen, Penguin Verlag 1977)は、名著として世界中で読まれた。
ゲシュタポが夜と霧に紛れて、人に知られない間に、ユダヤ人を捕まえ、収容所に入れた。監視の目は厳しく、中に入れられたユダヤ人たちは、ひどい環境、不十分な食事、自分が生き残れるかどうかも分からない、他人のことなどかまっていられない、いつガス室へ連行され、殺されるかも分からない状況下にいた。フランクルは僅かな紙きれに、メモを残し、入所者の心理状態を観察した。幸い、戦争終結で解放され、直後に記録を書いたのが、日本語訳『夜と霧』(池田香代子訳、みすず書房、2002 年)である。
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