「あなたが私のことを好きでいてくれて、本当に良かったです」
「急にしおらしくならないでよ。可愛いじゃないか」
優しく微笑んだ掛橋さんがキスを浴びせてくる。この人を選んで正解だった。と、思うことができた。
とはいえ、彼がシャツの裾に手を掛けるとさすがに身がすくんでしまう。
「あの、大丈夫ですけど……覚えてないんです」
「うん?」
「だから私、男の人とこういうことするの初めてなんです」
掛橋さんがプッと噴き出した。
「何それ? そんな可愛いことある?」
「変なこと言ってますよね。だって……してるはずなのに」
「俺ばっかり都合のいいことが起こって、なんだか怖くなるよ」
彼はそう言ってギュッと抱きしめてくれた。
でも掛橋さんにとって本当に都合がいいのは、きっと私が書くのを諦めることだ。ベッドの中でふと別のところへ思考を飛ばしてしまう自分は、やはり酷い女なのだろう。
ナツメくんのフルネームは「猫田(ねこた)夏芽(なつめ)」にしよう。なんて、彼の腕の中で私はそんなことを考えていた。
六 完結
披露宴は地獄の始まりだった。
結婚式の間は親族としてニコニコ座っていればそれで良かった。しかし、新郎新婦の意向でカジュアルなお食事会となったこの場は、もはや同窓会の様相を呈している。
そこここで繰り広げられる昔話に全然ついていけない。どうせ学生の頃から教室の隅で本ばかり読んでいた人間だったから、できるだけ目立たないように大人しくしていたのだが―。
全く記憶にない相手から声を掛けられてしまった。
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