「どうしたの」

「いや。生きてて、最悪ではなかったなって」

少し口角を上げる千春は、私の知らない千春だった。今なら言っても良いかな。

「千春。手、繋ぎたい」

千春は黙って手を出した。手を繋いだのなんて、何年ぶりだろう。記憶が曖昧だから、無かったのかもしれない。

差し出された手を軽く握る。すると強い力で握り返された。私はそれに負けないくらいに、手に思いを込めた。彼の脈が伝わって、私の脈のリズムと重なる。その心地良さに脳がフワフワした。

「癌なんだよ」

世界が止まった。瞬きすら忘れてしまった。

「どういうこと? 千春が?」

そう、と言って私から顔を逸らした。私は捲し立てるように続けた。

「どこ?」

「腎臓」

私は思わず手を離してしまった。

「手繋いだだけじゃ移んねぇよ」

「違う。いつから?」

「五年くらい前」

「なんで病院行かないの?」

「偶に行ってた。入院する金ないし、もう良いよ」

「もう良いよって、ふざけてる?」

「マジ」