【前回の記事を読む】「私たち、恋人に見えてるのかな」――“恋人岬”の鐘を鳴らす二人。恋人でもセフレでも友達でも家族でもない。二人の関係は…
アントライユ
2
私はスマホを向けて、丸く白いボタンを押す。カシャッと無機質な音が鳴った。写真フォルダで確認すると、先ほど撮った彼の姿。
「面白い顔」
「何で撮るんだよ」
「え、だって嬉しそうだったから。珍しくて」
千春は黙って私を見つめたが、「行くよ」とだけ言って歩き出してしまった。私は彼の歩幅より大きく踏み出して必死に追いついた。
「お前のそれ、嫌いじゃないわ」
「ツインテールが好きなの?」
「ちげぇ。メイク」
「あ、そっち」
私は笑った。好きと言われたのが嬉しくて、つい。
「笑った」
「だって、千春が好きって言うから」
「いや、好きとは言ってない」
「言ってる様なもんじゃん。メイク頑張った甲斐があった。ありがとう」
千春は満足そうに少し微笑んだ。
「あ、お腹いっぱいなんでしょ。美味しかったね」
「そういうことにしとく」
千春の優しい目と目が合った。彼に少し近づけた気がして、心が躍った。
今夜の月は、きっと雲らない。