カエデ

柏木さんの花屋なでこは、港町公園を出て徒歩十分ほどの場所に位置していた。港町公園の存在は知っていても行ったことはなかったから、こんなにも近い位置関係だったことに驚いた。見慣れたものの中にも、角度を変えないと見えないものがあるのだと知った。

花屋は、当たり前のように寂しい雰囲気を帯びていた。ただ、荒れている様子はなかった。

僕の記憶通りの花屋がそこにある。庭の花壇は整備され、ごみひとつない。店頭に花が並んでいないだけで、不変の美しさ、一抹の悲哀を含んだ美しさがそこにあった。

門外から、あかりとしばらくの間花屋を見つめていると、店内を微かに動く影が目に入った。

「颯斗くん見た? 今人影が動いた気がしたけど、気のせいじゃないよね?」

「見た。絶対中に人がいるよ。柏木さんじゃなかったら、やばくない?」

焦る僕には脇目も振らず、あかりは既に門を開け店に向かって駆けていた。店内を動く人影はもうなかった。

「あかり! 待って! 危ないし鍵がかかってるかもしれないだろ!」

「鍵なら持ってる!」 あかりが店の手伝いをしていることを忘れていた。彼女を止める言葉にはなり得なかった。

あかりはバッグからキーケースを取り出し、焦りからか何度か挑戦するも鍵穴にうまく差せず、四度目くらいでようやく鍵が差さり、勢いよくドアを開けて叫んだ。僕はそれを見つめることしかできなかった。

「誰!?」

しんとした店内に、あかりの声が響き渡る。ただ明らかに、そこに人がいた体温の温かみを感じた。

僕たちが店内に足を踏み入れた時、奥から足音が届けられ、たちまち僕たちを硬直させた。ドアが鈍い音色を響かせながら開かれる。

次回更新は8月10日(日)、21時の予定です。

 

👉『なでしこの記憶』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】見てはいけない写真だった。今まで見たことのない母の姿がパソコンの「ゴミ箱」の中に

【注目記事】離婚した妻と娘と久しぶりに再会。元妻から「大事な話があるの」