中学生になった頃、千春の父親と私の母親との不倫が発覚。双方の親族が殴り合いにまで発展する大事件となった。
千春の母親は、何もかも投げ捨てて自由になりたかったのだと思う。数日後にはアパートから姿を消した。最後に聞いた言葉は、「慰謝料は要らないから」だった。
千春は、父親と二人になった。
死んでしまいたくなるような残酷な日々を繰り返していたが、私たちは互いの存在で命を繋ぎ止める事ができた。私は何度も泣いた。でも、千春は涙一つ溢さず、私の手を握り続けた。千春の冷たい手は、夏であろうが冬であろうが私を温めた。
高校生になり、千春の父親と私の母親が一緒に住み始めた。再婚こそしなかったが、千春の部屋に住むことになった。
千春は、私の部屋に住んだ。
千春の父親は、相変わらず千春に非情なことを日常的に繰り返していた。千春は全く抵抗することなく、大人しく殴られていた。ついでと言わんばかりに、一度だけ、私のことを襲った。ついに千春の限界がきたのだろう、彼の父親に殴りかかった。あの時の彼の、無惨極まり無い目は忘れる事が出来ない。
千春は何度も何度も私に頭を下げた。それからだった。彼が笑わなくなったのは。
高校卒業と共に、二人でアパートから逃げ出した。荷物は、ボストンバッグ一つだけだった。私たちの行き着いた先は、東京のコンクリートジャングルだった。住民票の変更、引越しの契約、何もかも初めてだったけど、慌てながらも二人で乗り切った。
忙しない日々の中で、偶に合う千春の目が大人のものになっていて、ドキドキしたのを忘れる事が出来ない。