第一章 恭やん

強請りの新米

仁兵衛は日をあらためて後藤松蔭宅を訪問し、恭平が学僕を辞する旨を伝えた。松蔭は去りゆく弟子に何も言わなかった。恭平もまた黙って頭を下げた。ただ、お互いが安堵していた。

新しく仁兵衛が紹介してくれたのは天下一の豪商と言われた鴻池(こうのいけ)家であった。善五郎家や新十郎家など複数に分かれており、十四歳の恭平が丁稚に入ったのは鴻池新十郎家である。年齢的には遅過ぎるくらいの丁稚奉公だが、恭平は水を得た魚のように働いた。

目端が利くからと、すぐに主人付きの丁稚に抜擢される。小柄で丸顔で愛嬌がある。使いに出された先では、笑顔をふりまいて顔を憶えてもらう。すると次の訪問では待たされなくなる。おかげで用が早く済むと、その御礼と称して雑用を手伝ったりして重宝がられた。

鴻池には大嶋百助という古参の番頭がおり、丁稚の教育係も務めていた。百助は丁稚たちにこんな説教をした。

「商売でしくじって、一生掛かっても払いきれん借金背負うたらどうなる。親の借金は誰が払うんや。子が払い、孫が払うのが当たり前やろ。武士やったら腹切ればしまいや。でも商人は首をくくっても済まん」

「しくじったらあかんのでんな」
「それだけではあかん。手堅いのは結構じゃが、商いには思い切りも肝腎じゃ」
「思い切ってしくじったら、どうなりますのや」
「だから信用が第一なんや。信用の無い者は少しのしくじりでも、誰も相手にしてくれんようになる。だが信用があれば違う」
「なるほど」
「だから正直が商人の命や。信義を忘れたらあかん。約束は守らんといかん」

恭平には、論語や四書五経より百助の説教のほうが素直に腹に落ちた。商人として生きていくことを選択して良かったと思った。

主人の新十郎は茶を嗜(たしな)んだ。恭平は茶室の掃除や茶道具の出し入れを任された。新十郎は一つひとつ丁寧に教えてくれた。恭平は炭を切ったり、茶を挽いたりしながら、道具の名前や使い方、来歴や良し悪しの基準など、茶道の基礎を憶えていった。

茶席では客が主人に道具の由来などを尋ねることも多い。新十郎は常に的確に応えられるよう、日頃から恭平に仕事を教えながら練習していたのだった。

ある日、恭平は命じられた青磁の桃の香合を蔵から茶室に運んでいた。教えられた通りに両手で包むように捧げ持っていたのだが、不意に目の前を大きな鼠が横切り、それを猫が追った。驚いた恭平は、敷居に足を取られて大きくよろけた。その勢いで香合の蓋が飛んだ。幸いにも破損は免れたが、物音を聞きつけて若い番頭が飛び出してきた。

粗相を詫びたものの、したたかに鉄拳制裁された。その番頭はたまたま見かけただけで、茶室に関わる仕事など一切無関係であったが、大義名分を得たとばかりに喜んで殴ってきたのだ。理不尽であるが口には出せない。骨に沁みるほどの痛さをこらえつつ、恭平は、今に見ていろ、この香合を買い取るほど出世してみせる、と固く心に誓った。

鴻池新十郎家の茶室は、奥庭の中でも特に母屋とは離れた場所にあった。ある日、新十郎に命じられて恭平が茶を挽いていると、どこから入って来たか、庭先にいきなり浪人者が現れた。羊羹色の袷の着流しに素足の草履ばき。あちこち塗の禿げた大小を落とし差しにしている。

大老井伊直弼による安政の大獄のため、京都に集まった志士たちは弾圧されて捕吏(ほり)から逃げまどっていたが、この浪人者もその残党のようである。

「鴻池のご主人とお見かけ申す。少々路銀を借用したい」