第二章 若旦那
俺の夢はなんだ
そんなときに嫁いじめが勃発した。恭平のあまりの愛妻家ぶりに、自分の従妹を嫁に据えた当人である養母お勝が嫉妬したのである。
発端は客からお勝が悪しざまに言われたことだった。出かけようとした客が、たまたま玄関脇にいたお勝に声を掛けた。
「おい、女中。下駄を出さんか。女中」
自分のことだと気づかなかったお勝が黙って立っていると、客はいきなり怒鳴りつけた。
「貴様だ、婆あ。役立たず。下駄だと言うのが分からんのか」
あまりの大声に丁稚が飛び出して対応に当たったので事なきを得たが、お勝の自尊心はずたずたに切り裂かれた。その夜、恭平と喜久は奥の部屋に呼ばれた。
「だいたいお前たちが甘やかすから、無礼な客ばかりになるんだす」
「申し訳ございません」
「女将と女中の区別もつかない阿呆な客は断りなさい」
「いえ、そうおっしゃられても」
「近頃の客は無礼だす。播磨屋の女将を何やと思っているんや」
公事宿の頃の客は、訴訟を上手く運んでもらうために公事師の妻にも気を使っていた。お勝に土産を持ってくる客もいたのである。しかし、今の播磨屋は単なる古びた宿屋に過ぎない。だがお勝は昔の矜持を捨てられずにいた。
「ところで、前から気になっていましたんやが、いつから手水に房楊枝を何本も付けるようになったんや」
恭平がおずおずと答える。
「二年前くらいでおます」
「二年前やて。そんな長いこと無駄遣いされたら、この身代かて長いこと無いわな。誰がそうしたんや」
恭平が止める間もなく、喜久が答えてしまった。
「私です」
「何やて。嫁の分際で勝手なことを。明日からもとに戻し」
喜久が必死に訴える。
「あの、長逗留のお客様もおられます。途中から変える訳には」
「口答えするんか。近頃の嫁は、そないに偉いんか」
恭平が口を挟む。
「こら、喜久。止めんか。おっかさん、申し訳ないことでございます。私が後でよくよく言って聞かせます。お許し下さい」
するとお勝は恭平に向かって、嫁の出来が悪いのは亭主が甘やかすからだ、お前は鼻の下を伸ばすだけで嫁の言いなりか、腑抜けになったか、とねちねち締め上げた。