そう言われて、未だ水分を摂るのを躊躇っていると見られるのも嫌だったし、何より、灼熱の中マニラを発ってから数時間殆ど何も口にしていなかったのだから、本当はカレーよりも飲み物の方が欲しかったのだ。

「じゃあ、私もビールを」と言うと、吉田は微笑んで現地のタガログ語でビールを追加注文してくれた。

昼過ぎの強い陽の光に輝く海の青さと港内のヨットの群れを眺めながら飲む冷えたビールは、火照った身体に染み渡るようであった。

旨そうにジョッキを傾ける木田の横顔に微笑みながら、吉田はもう二杯目のビールを飲んでいた。

「さて、じゃあそろそろ行きましょうか」

支払いを済ませると、吉田はスマートフォンを取り出して、誰かに連絡を取りながら席を立った。外へ出ると、強い陽射しが目に入って、いきなり全身から汗が噴き出してきた。今飲んだビールがたちまち汗になって蒸発していくようだ。

「スーベニーア[2]、スーベニーア」と日焼けした小太りの男たちが声を掛けてくるのに構わず、彼は先ほどからずっと誰かとスマフォで話している。


[1]クロード・レヴィ=ストロース(一九〇八〜二〇〇九) フランスの人類学者・哲学者。ブラジル奥地の先住民社会の体系・神話などの分析から普遍的な社会構造を明らかにし、後の構造主義と呼ばれる哲学の礎を築いた。主著に「悲しき熱帯」「野生の思考」など。

[2]Souvenir 土産、記念品

 

👉『ディワータの島』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】「もしもし、ある夫婦を別れさせて欲しいの」寝取っても寝取っても、奪えないのなら、と電話をかけた先は…

【注目記事】トイレから泣き声が聞こえて…ドアを開けたら、親友が裸で泣いていた。あの三人はもういなかった。服は遠くに投げ捨ててあった