【前回の記事を読む】バタンガスの港、船着き場の薄暗い待合室――蒸し暑さと独特な匂いに包まれる中、医師・木田はある目的で"異郷の島"へ…
1 異郷の島へ
「ここで昼飯にしましょう」と言う吉田の先導で、桟橋に近い食堂に入る。メニューを見せられたが、名前を見ても料理が想像できない。無難なところにしておこうと、カレーと書かれた料理を注文した。
出てきたチキンカレーは、見かけこそ悪いが思ったより旨い。マンゴージュースをおそるおそる飲みながらカレーを食べる木田の横で、吉田は旨そうにビールを飲んでいる。
「いやあ、暑いですね。ビールが旨いですよ。ドクターは飲まれないんですか?」
マニラで会って挨拶を交わして以来、彼は木田をドクターと呼んでいる。
NGOカウバオの活動とは、民間の日比交流事業の一環ということだったが、詳しいことは木田には分からなかったし、あえて調べようともしなかった。
この島の原住民であるマンギャン族に関する民族学的な調査と支援事業を進めているというその活動へ、現地で支援する邦人の健康管理を兼ねた協力者として参加を決めたのは、昨年のことだった。
子供たちがそれぞれ独立し、妻に先立たれて一人だけで生活するようになってから、自分でも歯がゆく思うほど仕事への、というより生きることそのものへの意欲が萎えてきているように思えて仕方がなかった。
もともと多忙にかまけて趣味らしい趣味も持たなかったし、仕事以外で特に興味のあることとて何もなかった。
最近では、その仕事中にすらふっと集中力が途切れ、まるで関係のないことを考えているのに気づいて、思わず我に返ることも度々だった。