第二章 女神様がやってきた
「ヌシ」は外出することは少なく、ずっと家の中で生活してきた。年齢を重ね自然に弱ってきたのか寝る時間が長くなっていった。餌を食べる時だけ、ちらっと起きてきて、ゴロゴロとわたしに餌をねだる。カリカリを食べこぼすようになり、猫缶をいろいろと替えて与えてみるが、調子が悪いと、部屋中に吐き散らすことが多くなっていた。
ある日の夕暮れ。仕事から帰ると、玄関に餌を吐き戻した固まりがあった。ヌシに違いなかった。最近だんだん痩せてきて、喉元あたりの線が頼りなくなっている。
どこか痛むのだろうか、わたしが抱き上げるのを嫌がる。かがんで背中をなでると嬉しそうにすり寄ってくるが、その背骨のごつごつとした手触りがわたしを不安にさせる。今朝の食べ残しがまだ器の中に半分以上残っている。
一緒に暮らす家族が元気でないと、こちらまで元気がなくなってしまう。汚れた玄関の床掃除をしながら、ちらりとヌシを見ると、部屋の隅のほうでこちらを気にしながら、小さくうずくまっている。
わたしはヌシの身体が心配で様子をうかがうが、ヌシは叱られると思ってわたしと目を合わせようとしない。ますます小さくなっている。大丈夫かなあ、このままだとまずいなあと、ぼんやり考えながら、わたしは自分のために遅い夕飯を作る。
テレビをつけて、さあ御飯を食べようと箸を手にした時、いつの間にそばに寄って来たのか、わたしとテレビの線を結んだ真ん中に、ヌシがいた。
邪魔なところにいるなあ、天気予報が見えないじゃないの、と、わたしは身体を少し横に移動するが、ヌシのじっとわたしを見つめるうるんだ瞳にいつもと違う気配を感じ、今日はどうしたの?と不思議に思う。もちろんヌシは答えず、わたしを見つめたままである。
次の日も、その次の日も、わたしの視界をさえぎる場所で、うるうる瞳を滲ませて、わたしの顔をじっと見ている。
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