コーヒーは瞬く間に冷めてしまう。初冬とはいえ、ニューヨーク州の寒さはやはり想像以上に厳しかった。そして瞬く間に色彩を失った世界は、春の再来が信じられぬほどに重苦しかった。
とはいえ、編集長が言っていたように、私はソーガティーズという小さな町のアパートに住むサイモン夫人から、週に数回与えられるリストに従って食料や生活用品を買い届けること以外は、殆ど自由に車を使うことが許され、私はその車を使って、日本人が滅多に訪れることのないようなアメリカ東部の原風景を撮り続けるという生活がいたく気に入っていたのである。
別れた妻が、彼女の勤める病院の医師と再婚したらしいという知らせを友人から受けたのはこの秋のことだった。それもまた、私の心を軽くしてくれたのかも知れなかった。
鋭利な刃物のように天を衝く針葉樹林のかなたには、今日もうっすらと雪をかぶったキャッツキルの山々がその厳しい稜線をのぞかせている。私は毎朝、この光景をカメラに収め、他の写真とともに日本に送っているのだが、編集長はいたくそれらの写真が気に入っているようで、すでに何枚かは旅行雑誌のグラビアを飾っているという。
彼からはこの1年の間にニューヨーク州を中心として、近隣の州も巡るようにと指示され、実際、この秋には紅葉を求めてニューハンプシャー、バーモント、コネチカット、マサチューセッツの各州を巡ってはみたものの、実はわざわざ遠くに出かけずとも、私の住む家の周辺だけでも十分に絶景に出会うことが出来ているのだ。
しかも、それぞれのシーンは季節の移ろいとともに恐ろしいほどに変化し、夢中になってシャッターを切ったものだが、私が使うコダクローム64の量も半端ではなく、編集長が苦笑いしているのではないかと、一人で笑ったこともある。
撮影済みのフィルムはソーガティーズにある取次店で現像を依頼すると、概ね1週間で仕上がってきた。私は個々のカットの撮影データやメモしていたコメントを添えて、月に2回まとめて日本に送っていた。編集長はその成果に大いに満足しているようであった。
「そろそろ戻るとするか……」
ともすればこのまま日本語を忘れてしまうのではという不安感からか、私は一日中独り言を云っているような気がする。もちろん、稀に国際電話で編集長や日本に住む友人と話すこともあるのだが、14時間という時差で昼夜がほぼ逆転していることもあり、長話をすることは滅多にないし、何よりも電話代がばかにならなかった。