【前回の記事を読む】父の遺品を整理していると現金書留の領収書の束が...。宛先を聞くと、母は複雑な表情を浮かべ言葉を続けた。
Ⅲ 父の遺品 一九八七 盛夏
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「結婚当初は、父さんが給料をいくら貰ってたかも知らなんだ」
「最後に少し金が残ったんで、貰っとこうかと迷ったんやけど、できなんでね。それで次の生活費を貰う時に残ったお金を小銭まで返したんよ」
それが三月ほど続くと、父は自らのことを少しずつ母に話すようになったのである。
「私が残りのお金を返したことで、私のことを信じれる人間やと思ったかも知れんね」
「父さん、昔誰かに裏切られでもしたんやろか?」そう笑う母を見ながら、見ず知らずの男女が、何かの縁でその後の人生を共にする。
人とは実に不思議である。父と母の新婚生活は笑える。が、とても味わい深くそれでいて切ない。なんだか小さい頃にTVで観た藤山寛美の新喜劇のようだ……。
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慈福園からの父宛ての手紙の中に、一通だけ差出人の異なる封筒があった。差出人の氏名は「藤井容子」となっている。
差し出された当時は、おそらく白い便箋と封筒であったと思われる。時の流れは封筒とその中の三つ折りになった便箋を、色褪せた薄いセピア色のベージュに変色させていた。封筒の中の三枚に亘る手紙を取り出した。
開くと黒いボールペンで女性らしい几帳面な文字が綴られていた。