話題沸騰中の店なのだろうか。「海軍」と謳っているのが気になったが、カフェイン中毒の私は、二軒ほど先に見えた喫茶店に自然と足が向いた。
ZARDの曲が大音量で流れる店内に、お客さんはいなかった。入口近くの席に座り、カウンターから出てきた店主さんらしき男性に、メニューにある三種類のケーキについてたずねた。
自家製だというチーズケーキとアイスコーヒーを注文すると、ご旅行ですか、と男性。優しい面差しが印象的な人だ。
初見の客は旅行者が相場なのだろう。そうです、と答えると、年配の男性が店に入ってきて、店主さんらしき男性に親し気に声をかけた。その場でカツレツを注文したその人は、奥の席へ向かった。
読書が好きな私は、旅には必ず本をもっていく。今回は『 舞廠 (まいしょう) 造機部の昭和史』(岡本孝太郎 文芸社二〇一四)という一冊を選んだ。
「舞廠」とは、舞鶴海軍工廠の略称で、舞廠の造機部という部署に勤務していた人が、戦後に書いた回想録だ。
駆逐艦の建造に関する技術的な話題から、海軍と市井の人々の交流のエピソードまで、豊富に記されている。一度読み通していたのだけれど、舞鶴の地でまた繙(ひもと)きたくなった。
本を読みながら寛いでいた一時間ほどの間に、店内は常連さんらしいお客さんで賑わいを増した。二杯目のアイスコーヒーを飲み終えたところで席を立った。
会計を終えると、店主さんは笑顔で、おおきに、といってくれた。そう、舞鶴は京都府なのだ。