言い出しっぺの男を止めるみんなの慌てようがあまりにも真剣だったので、その場の雰囲気は却って収拾がつかなくなった。
酔いの戯言が、指の傷より深い痛みとなってよし子を刺した。
棘を刺した指の傷は一週間もするとすっかり治っていた。けれども気持ちの中に落ちた棘はなかなか抜き取ることができなかった。
よし子にとって一番のショックは孝介とよし子のことが若い人たちの間でも事実として知られていたことだった。人の口に戸は立てられないとはよく言ったものだ。
孝介の妻が花屋でパートをしている。そこの花がよし子の棘になった。恨まれてるんじゃないのかと言われたこと。慌てて止めた若者。
自分ではいろんなことを我慢して気をつけて暮らしているのに、噂だけは面白半分に先立ってゆく。
以前孝介が何の連絡もなしにアパートを引き払った時は体に穴が空いたようだった。村木が病気になり、孝介の負担が大きくなったようだが、よし子は自分が孝介の負担なのではないかと思ったのだ。
だから引っ越しても同じ町にいるだけでうれしい。それがたまには会いたいとなり、お客として店に来てほしいとなり、カウンターの隅っこでゆっくり飲んでいてくれるだけでいい、何も話さなくてもいい、孝さんが飲んでいる姿を見たいと、気持ちの中でどんどん欲張りになってゆく。孝さんはそれがお見通しなのだ。だから来なくなってしまった。
もう一つの痛みは孝介の妻が花屋で働いていることだ。店に飾る花はいつも同じ所で買っている。花屋の主人とも長い付き合いだ。いまさら店を替えることはできない。同じ町内だもの。いつも店番をしているのは茶髪にした若い子だった。長靴に長いエプロンをかけて歯切れが良い。
この前、店に行った時はあの子ではなかっただろうか。
取り止めのない考えごとをしながら、花の水を替えようとして手が止まっていた。午後の日差しが明るく店の中まで入っていた。
今度花を買いに行って、孝介の妻に会うにはそれなりの覚悟がいる……