浅黒い顔をした小太りの男がいくつも積み重なったゴミ袋の山の上でのけぞっていた。年齢は四十代半ばくらいか。身長は百六十センチメートルに満たないように見える。
黒いスーツを着た四人のヤクザ風の男たちがこの中年男を取り囲み、逃げようとする中年男を取り押さえていた。リーダーらしき男が罵声を浴びせ顔面を殴り、のけぞった中年男の脇腹にすかさず蹴りを入れた。
中年男は脇腹を両手で押さえながら、ゴミ袋の山の上に再び寝転がった。別の若い男が中年男のポロシャツの襟をつかみ、上半身を無理やり起こした。
結城の足はかすかに震えていた。四人が一人をいたぶるリンチの現場を目撃してしまったのだ。この間、わずか二、三分の出来事だった。このまま気づかれないように現場から目を離し、音を立てずにじっとしているのが得策だ。
でも、あの中年男がどうなるのか、もう少し見ていたくなった。その抑え切れない衝動が自分の体に伝わった。足を踏ん張り直したとき、左足の横に置いていたバケツをひっくり返し、ガタンと大きな音を立ててしまった。ヤクザ風の男たちが一斉に辺りを見回した。
その刹那だった。顔を上げた中年男と目が合った。その目力は獰猛で、こちらの瞳を正視していた。ヤクザ風の男たちも視線をこちらに向けてきた。
見つかった。結城はモップとバケツを置きっぱなしにしたまま、紺色のボストンバッグを引っつかんだ。階下からはビルの中に入ってくる靴音が聞こえた。どこに逃げればいいのか。非常階段はあっただろうか。頭の中が混乱していてよくわからない。
もう一つ上の階に行くしか逃げ道は残されていない。咄嗟にそう判断し、階段を駆け上がった。六階の踊り場で暗い廊下を一瞥した。これから鍵のかかっていない事務所を一つずつ調べ、忍び込んで身を隠す余裕なんてあるはずがない。
七階まで必死に駆け上がる。ここが屋上か。扉が開いた。大きな丸型のタンクが三つ、串団子のように並んでいた。その左端のタンクの下にはいつくばるように身を潜めた。怖い。顔面を地面に押しつけた。
どれくらいの時間が過ぎたのだろう。辺りの気配が変わっていることに気がついた。背中から汗が噴き出していた。暦の上では夏が過ぎたというのに暑気が漂う。
地面から顔をそろりと上げた。青みがかった空間が広がっていた。
腕時計の針は午前六時二十分を指していた。
あと一時間もすればこのビルにも人がやって来る。あの男たちも人前で自分をさらったりはしないはずだ。もう少し、このままの状態で我慢し、午前七時を過ぎたら歩き出す。用心のため、帰宅のルートは変えよう。電車に乗る駅は隣の駅にする。不審な男が後をつけてこないかどうか、その道すがら確認すればいい。