【前回の記事を読む】暴行された男が数日後に部屋を訪ねてきた。冷たく追い払うと今度は若い女を連れて現れた

灰色の風が吹く

「相談って?」

結城が妹に尋ねた。

「それがですね」

妹ではなく、中年男がしゃべり始めた。

中年男は間下省三と名乗った。妹の下の名前は久美子で、初老の男につきまとわれ、困っているという。妹は都内のクラブでホステスのアルバイトをしていた。

初老の男は半年前に来店した。たまたま接客したのが久美子だった。それからは白色のシルクハットをかぶり、久美子にたまに会いに来た。店ではたくさんのお酒を注文し、週に一度は豪華な食事もご馳走してくれた。久美子にとっては自分を目当てにお金を落とす初めての上客だった。

一か月前。いつものようにタクシーで家まで送ってもらう車中でキスを迫られた。「やめてください」といなしたが、タクシーを降りると家までついてきた。「そんな気はありません」と何度も拒否したところ、ようやく帰っていった。

明くる日からは携帯電話に「愛している」といったメッセージが吹き込まれるようになり、クラブに同伴出勤しようとたびたび求めてきた。「今日は他のお客様との予定が入っているので」と断っても、店には必ず顔を出す。

閉店時間まで店に滞在し「家までタクシーで送ってあげる」と言い寄ってきた。店のママに相談してみたが「そういう客をうまく操るのがこの商売の腕の見せどころよ」と取り合ってもらえなかった。

一週間ほど前にはクラブを辞め、引っ越した。だが、その翌日の夜に初老の男は新たな自宅マンションの前で待っていた。今は兄のアパートの部屋に隠れているという。

「それで、俺にどうしろと言うんだ」 結城は語気を強めた。「しばらくの間、妹をこの部屋にかくまってもらえないですかね。今いるところもわかってしまったようなんです」

間下は答えた。

久美子は俯いていた。

「うーん……」

「妹の分の生活費は払います。手付金として十万円をここに置いていきますよ。

自由に使ってください。足りなくなったらまた払います」

間下はポケットの中から紙幣を取り出し、テーブルの上に置いた。

「こんな狭いところでもいいの?」

結城はくしゃくしゃになった一万円札に目をやりながら、久美子に尋ねた。

「よろしくお願いします」

久美子は小声で答えた。