としゑさんの喫茶店と私

私が食べられそうな日替わりランチを見つけたのは15年前の2009年。家から10分くらい、車で走る。日本海の海岸沿いを通り、高台に向かい森を抜けると神社が見えて来る。

その隣に小学校があり、民家が並ぶ中に「トマト」という名の山小屋のような喫茶店がある。火曜から土曜のお昼をとしゑさんという女性が1人で営業していた。40年間勤めていた会社をやめて2006年に開業した脱サラである。

見た目は、市役所のインテリ風美人で化粧っ気がなく、私より4つ年上だ。手製の三角巾と割烹着をしている。メニューは、日替わりランチと飲み物とデザートだけである。

先日ランチに行ったときに、突然としゑさんが「今年で店をやめようと思ってるの。お客さんも少ないし、母も具合悪くなったし、決めたの」

「えっ、そうなんか」としか言えなかった。

ランチはどれを食べても絶品で、コーヒーが付いていて安い。デザートのプリンとよもぎケーキが私は好きだ。としゑさんのランチは、メインとおかずで7品、お肉かお魚。横にキャベツの千切りとブロッコリーやパプリカ、トマトなど。

煮物は懐かしい母の味と似ていた煮しめで、大根・人参・里芋・厚揚げ・こんにゃく・椎茸・豆が入っている。酢の物か和え物、私は大根ナマスが大好物。法蓮草か小松菜の胡麻和えも大好き。

小さなサラダとたくさんの具が入った味噌汁。きゅうり・大根の自家製漬物。ご飯は季節によっては、栗ご飯、キノコご飯、とうもろこしご飯、ちらし寿司、時々、昨日ご飯余ったから今日は焼おにぎりですと言う。基本材料は玄関先の家庭菜園だ。

ある日、私は、主治医のN先生から、咽頭癌だと告知された。今、手術をすれば、50%の生存率だ。そう言われても頭の中は真っ白だった。多分、その立場に誰がなっても同じ気持ちだろう。その日から、主人は、私がもう死ぬのだと思ったのか、毎日泣いていた。私が泣きたいのにと思った。

その主治医のN先生は、我を取り戻す一言を言った。「病気に絶対耐えることが出来ると貴方が家族の中で選ばれたんです。だから頑張りましょう」の言葉だった。確かに4人家族で私が一番耐えられると思った。

そう思ってからは、冷静に受け止めることが出来るようになった。N先生は入院中毎日、私を励まし続けてくれた。その先生との出会いも大切な日々だった。