へいちゃんが僕の膝の上で飛び起き、女の腕に抱かれた。母親らしい格好ではないが、へいちゃんの頭を優しく撫でている姿を見ると、母性はあるのだと、ほっとする。

「ふうちゃんと一緒に行きたい」

へいちゃんは母親に訴えた。

「駄目、あんた一人でも大変なんだから、ほら行くよ」

ふうちゃんを横目に見ながら、女は礼も言わず、へいちゃんを連れ去ってしまった。一人残されたふうちゃんは、凜とした表情で二人を見送っている。

「僕と一緒に行くか?」

弟代わりだったへいちゃんが去り、また一人ぼっちになってしまった少女を見て、思わず口を衝いて出た言葉だった。正直、子供を育てる余裕など今の自分にないことは分かっている。

だが、この子を一人置いてここを去ることなど到底できなかった。ふうちゃんはコクンと頷くと、僕の後ろを付いてきた。とりあえず太郎の家を訪ねてみようと思った。

横浜も被害に遭ってはいるが、東京ほどではないだろう。太郎の家族が生きていれば、何日か身を寄せることができるかもしれないと考えた。

「お嬢ちゃん、一人なの? お父さんとお母さんは?」

上野の駅を出たところで着物姿の婦人が、僕から五十メートルほど離れて歩いているふうちゃんに声を掛けていた。

僕が近づくと、婦人は、「この子の、お兄さん?」と聞いてきた。

にこやかで、身なりもきちんとした、人の良さそうな人だったので、事情を説明すると、〝愛の家〟という孤児院を経営していて、孤児を保護しているという。