和田さんは、Keiさんが個店運営を手がけていた頃の、エリア統括マネージャーだった。現在は人事領域を担務する元上司から、青天の霹靂オファーが降ってきた。
「梶原副社長が、経営革新の旗を振っているだろ? その流れで、ウチを変えて欲しいんだ」
……梶原さん?
Keiさんが勤める食品スーパーの現場は、中央集権的に本部が指示する販促政策や、新商品投入の加速に疲弊していた。
個店の社員は業務のスピードが上がるほど、自身の任務にのみ視野狭窄していった。会社は梶原副社長をリーダーとして、現在の事業モデルを抜本的に改めようとしていた。
「当社には、異端と大胆が足りない。創造的人財の育成を、本気でやりたい」
梶原さんは、次期経営戦略会議の冒頭で、そう言った。
「経営もマーケティングもマーチャンダイジングも、形ばかりの戦略なら何パターンでも描ける。その図面通り、一生懸命に働いてもらったって、楽しくもなんともないだろう。
〈食べる〉という人間の豊かさを、ひとりひとりが暮らしの地面にしっかり足をつけて、いま一度、とらえ直そう。各地の現場こそ、アイデアの苗床にすべきなんだ。地域採用も増やす。職種や勤務地選択の自由もひろげる。働くことに、もっとワクワクする会社になろう」
経営陣は、スケールメリットに依存した事業モデルから、地域ごとの食文化に新しい価値を提案する、自律分散型ビジネスモデルへの転換を構想していた。
そのためには、各地の風土に深く踏み込み、単なる郷土物産の販売を越え、地元の生産者や消費者と共に価値創造を企てるような、発想力の豊かな人財育成が課題だった。
「……どうして、私なんですか?」
Keiさんが、かつての上司に訊く。
「吉岡が店をつくっていたとき、〈パートさん合コン〉って立ち上げただろう? あの感じがね、これからの現場に必要だと思うんだ」
……合コンって、〈井戸端会〉のことか?