「に、にいちゃん、こ、ここのアリかむとよ!」

譲二ちゃんが痛そうに顔をゆがめて言ったときには、もうその小指は赤くはれていました。

その日の夜、夕食どきは慎ちゃんのどくだん場でした。

「ねえねえ、父さん、母さん、今日、何があったと思う」

昼の間ずっと外で働いていた父さんに話しかけました。

「おっ、どんなことがあったとね」

昼間に母さんに話したことと同じ、クモとアリの話をしました。

「こんなに大きなクモとかがいて、穴に住んでいて……、でっかい頭をしたアリが譲二ちゃんにかみついて……」

親指と人差し指でその日見たクモとアリがどのくらい大きかったか見せたのですが、本当の大きさの二倍はあったかもしれません。じつは父さんはそのアリのことを重留さんからドミニカに着いた夜、こんな注意を聞いていたそうなんです。

「みねさん、ドミニカのアリには気いつけんしゃいよ。日本のとはちがってかみつきますし、かまれたらはれあがりますきね」

でも、いろいろ忙しくて、子どもたちに注意するのをすっかり忘れていたらしいのです。

話を聞いた父さんは、

「そうか、譲二、大丈夫か。どれ、見せてみ」

父さんはそう言いながら、譲二ちゃんがアリにかまれたところを調べました。

ところで、母さんの名前は、「時代」と書いて「ときよ」と読みます。父さんの名前は、「市之助」と書いて「いちのすけ」。まるでさむらいのような名前でしょう。鹿児島県出身で、昔は武士の家だったんだって。

その市之助さんが、時代さんにたずねました。

「少しはれてはいるけど、時代、赤チン以外に何かなかったとかねえ」

「ごめんなさい。それしかなかったとよ」

「そうか。ま、仕方がない。譲二、たいしたことはないばい」

父さんは譲二ちゃんの頭をバサバサといじりました。譲二ちゃんも父さんからそう言われたので、安心したようでした。