気を取られて、足を止める者もいた。その理由として考えられるのが、建物の上であれば、場内に入らずとも観戦ができるであろうほど、高く作られているからだった。
事実、上には何人かがいて、馬場がある辺りを見下ろしている。競馬観戦のために拵(こしら)えた、桟敷席なのだろう。
正門の入場券売場には、入場料二円の表示がある。米十キロの価格が五十銭程度であることを考えれば、高い。
桟敷席が目を引いていたのは、それもあるのかもしれない。
道中と同じく、場内も混雑している。馬見所(うまみじょ)という建物が一棟あるが、そこは主催者である日本・ギャロップ・クラブの会員や招待された皇族や華族、政財界の要人が利用している。
一般の客がいるのは、馬場と地続きの芝生である。立っている人が多い中、座り込んでいる者もいるが、その中にはござなどの敷物を用意していた者も結構いる。
第一競走の発走時刻である午前十一時が近づき、返し馬のために出走馬が馬場に入ってくると、発走が近づいたことを察した観客らが外埒(そとらち)へと押し寄せる。
決勝線のある審判台付近には、一際大きな人だかりができた。
発走直前には、半年ぶりの開催を迎えられたことへの感謝を示すかのように、場内中で拍手が湧き起こり、発走委員が旗を振り下ろすまで続いた。
駆け出した馬たちの位置取りを見て、早くも勝敗の行方を囁き合う観客もいた。そうした連中の語り口も、馬たちの疾走が巻き起こす地面の振動が近づくにつれ、感情的なものへと変わっていく。