「私達姉弟はさ、転校してばかりでずっと寂しい想いをしながら育ったの。両親がとても仲が悪くてさ、私はさっさと家を出てコイツを置き去りにして好き勝手やってきてさ、コイツにはそうとう寂しい想いをさせてしまったのよ。だから仲のいい家族の中に入れてコイツは幸せだと思うよ」
「そうなんですね、そんなこと初めて聞きました」
「私達姉弟はキザだからさ、そういうことは自分から言わないのさ」
そうか、弟は自分から寂しかったということを言わないのか。男としてのプライドもあるのだろうか。
しかし、仲睦まじい家族の中で弟はどういう心境なのだろうかと考えずにはいられない。
当然、家族同様に扱われ、毎日楽しく生活していることだろう。そんな中でも自分が育った家庭環境を思い出さないはずもない。自分の中にある闇の記憶を隠し、過去の自分と決別し、全く新しい自分を生きているような気がしてならない。
そう考えると、私とも会おうとしない、両親にも会おうとしない、北海道へも行かない。その理由がなんとなくわかる気がする。
きっと、弟は生まれ変わろうとしているのだろう。それは逃げているのとは全く違うのだ。
過去と決別し、新しい自分を新しい家族の中で形成する。私はどうかといえば、どんなに逃げても思い出の中を彷徨っている。
生まれ変わろうとするよりも、いつまでも成長できずに無防備に甘えられる環境を求めている。
大人になることよりも、弟とゲラゲラ笑っていた自分。それを失うまいと、フレックルスを抱き、ジムニーに乗り、輝く草原というこの世には無いものを求めていつまでも彷徨っているのだ。大人として成長することよりも、自分の中にあるピュアなものを失わないように生きている。
その方が、思い出せない記憶の中にある楽園に辿り着ける気がしてならないのだ。
次回更新は6月28日(土)、21時の予定です。
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