「ギャアギャア、ギャア」
嘉子の家の玄関前に立つと、赤ん坊の元気な泣き声が聞こえてきた。
「この泣き声は女の子に間違いないやろう。」
三人の子どもを産んだイチノの言葉には、説得力があった。
「暑いとこすいませんなぁ。」
玄関先で出迎えてくれた嘉子の夫の重正が頭を下げた。部屋に入るとイチノの弟の実馬、重正の弟の洪と新が畳の上に座っていた。
賑やかさと喜びが溢れる場面のはずだが、そこには外の暑さとはうって変わって寒々とした空気が流れていた。
興奮している長太郎とイチノはそんなことには気付かず、早く赤ん坊が見たいがために、布団に横になっている嘉子の枕元にすり寄った。
「よこしゃんきつかったねえ。」
イチノはそういって嘉子の横で元気よく泣いている赤ん坊を見た。長太郎も同じように見た。瞬間、二人は絶句した。赤ん坊の両目には眼球がない。下瞼に火傷の時にできる火膨れのような物がぷっくらとくっついていた。
「むげないねえ。」
長太郎は目頭を押さえた。イチノも長太郎と同じように目頭を押さえた。赤ん坊には沐浴が施されたとみえ、すでに産婆の姿はなかった。
ただ赤ん坊だけが生まれてきたことを憂うがごとく、腹の底から声を張り上げて泣いていた。
すると何を思ったのか末弟の新が嘉子の枕元に正座して両手を付くと
「赤ちゃん初めまして僕は丸山新です。あなたの叔父さんですからよろしくね。」
そう言って頭を下げた。
重正の末弟、新の機転は張りつめていた空気を見事に和らげるのに十分だった。
「新さん、あんた優しいね。」
目頭を濡らしながらもイチノは新に微笑みかけた。
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