プロローグ

時は昭和二十一年。第二次世界大戦が終わった翌年、この物語は二十二歳の丸山嘉子(まるやまよしこ)が日本に帰国したところから始まる。

物語の舞台は福岡県飯塚市(いいづかし)。福岡市と北九州市の真ん中にあり、当時は筑豊炭田(ちくほうたんでん)として筆者の小学校の社会科の教科書にも掲載された筑豊地方中核の都市で遠賀川(おんががわ)の周辺に広がる今も自然豊かなところだ。

丸山家は長太郎(ちょうたろう)、妻のイチノ、長女法子(のりこ)、次女嘉子、長男の学(まなぶ)の五人家族で、法子だけが結婚して大下繁好 (おおしたしげよし)に嫁いでいた。

歩いて行き来できるところにイチノの弟・実馬(じつま)と妻のマツエ、長男重正 (しげまさ)、次男宏(ひろし)、三男洪(みつる)、四男新(あらた)の六人家族が暮らしていた。

先ずは昭和二十一年七月に丸山重正に嫁いだ次女の嘉子の話をしよう。活発で意志の強い嘉子は周囲の反対を押し切り、自分の従兄弟である重正と結婚した。

昭和二十二年八月。その日は朝からじりじりと太陽が照りつけ、汗の止まらないような日だった。丸山長太郎とイチノは、そわそわと落ち着かない。

昨夜遅く、次女の嘉子が産気づいたとの知らせが届き、ふたりとも朝早く起きて学に食事を食べさせ、彼を勤めに送り出した。

嘉子の懐妊を知った長太郎の喜びようは大変なものだった。長女の法子は嫁いで六年が過ぎたというのにその兆しさえ見えなかった。

鸛 (こうのとり)が先にやってきたのは嘉子のところになった状態で、長太郎にとっては初孫になる。長太郎は足取りも軽く嘉子の家に向かった。イチノは長太郎のあとを必死について歩いた。