当時進路指導の先生で鬼の遠藤隆之先生は、遠様と呼ばれていて、絶対的な怖い存在でした。今思えば愛情たっぷりのスパルタ教育で、当時は自衛隊か母校かと噂されるほど厳しかったのを覚えています。
母校の特徴は、田舎者でも地元でしっかり勉強して名古屋学校群(名古屋の偏差値の高い高校)に負けないような管理教育がなされていたことです。情報量が乏しく、図書館や予備校もない田舎に住む私には大変ありがたい高校でした。
最初の企業での経験
大阪の大学を卒業して病院薬剤師としてのキャリアをスタートさせました。私は、田舎の長男でしたので将来先祖の墓を守ったり、両親の面倒を見ることが当たり前として育てられていました。
医薬分業も進んでおらずドラッグストアや門前薬局という言葉も一般的ではない時代です。病院での仕事は楽しく充実した日々を過ごしていました。しかしながら、薬剤師としての技術は学んでいても、経営は一切学べていませんでした。
このままでは田舎の両親の面倒を見ることは難しいと考えていました。愛知県で育って大阪で就職していましたので、田舎に帰る前に花の都の東京で商売を勉強して美容師の母の店の隣で薬局(ドラッグストア)でも経営しようと思い親に内緒で病院を辞めて、高校時代の親友のところに居候をしながら職探しを始めました。
ちょうどその頃、薬剤師会館の方から千葉県の松戸に急成長している面白いドラッグストアがあるよ!一度説明でも聞いてみたらと紹介を受けたのが全ての始まりです。聞いたこともないユニークな名前に度肝を抜かれました。
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