滑り込みセーフ

大阪の地下鉄には、「この駅止まり」という電車がある。当然のことながら、車内放送は勿論のこと、駅のホームでもそのことを知らせる放送が繰り返し流れる。

電車が駅に到着すると、車掌さんは寝ている乗客を起こすのに忙しい。

「この電車は当駅止まりです。この後車庫に向かいますので、降りたホームで次の電車をお待ちください!」と、車内を走り抜ける。

ある日のこと、用事を終えて乗った電車が、天神橋筋六丁目駅で「この駅止まり」となった。

いつものように乗客は全員ホームに降ろされ、扉を閉めて走り去ろうとしている電車を、行儀良く並んで見送ろうとしていた。

丁度その時である。

谷町線ホームの方から、カンカン帽を被ったおっさんが、ガニ股で階段を駆け下りてきた(覚えておられる方もいると思うが、「ボインは〜」で一世を風靡した月亭可朝さんにそっくり)。

彼は整列している我々の前を通り過ぎたかと思うと、閉まりかけていた扉のすき間を辛うじてすり抜けた。そして我々の方に踵を返すと、満面の笑みで「セーフ!」とジェスチャーして見せた。

あまりにも一瞬の出来事に、呆気に取られていると、電車は警笛を一つ「プァン」と鳴らしてホームからゆっくりと離れていった。

「あのおっさん、何処行くんやろ〜?」

そこに居合わせた皆の心の声が聞こえてくるようだった。