三男の洋平は目端がきいて、学校の成績も良かった。

中学卒業後は家業を手伝っていたが、親戚筋の、国鉄で機関士をしている義春の話が彼の関心をひいた。

「洋ちゃんよう、国鉄はいいぞ。鉄道輸送は、これからの国の発展に欠かせないものだからな。俺たちの仲間はみんな団結力があってさ。昼休みには野球をやって、仕事が終われば、風呂に入り、みんなで酒盛りやるんだ。給料は安いが、楽しく働いているよ」

自分の将来を考えていた洋平は、この話に興味をひかれた。折しも国鉄では職員を募集しており、彼は応募することを決めた。

しかし、それは実現しなかった。

英二が家を出てしまい、働き手が少なくなることを懸念した剛三が、

「家の仕事を手伝っていろ」

と、外に勤めに出ることを許さなかったのである。

ふてくされた洋平の不満のはけ口は、パチンコや麻雀に向けられていくことになった。

養女のなみは自分ひとり、兄姉たちと血がつながっていないという疎外感を、小さい頃から感じて育ってきた。甘えたい母親は、信吾にかまけ、自分には目を向けてくれなかった。彼女の抑圧された気持ちは、中学生になると、鬱憤(うっぷん)として発散されるようになった。

「うるせい、てめい」

女親分として他の女子を従え、校内を闊歩し、周囲から恐れられるようになった。

そのグループの中にはスミも入っていた。家で面白くないことがあると、時にはそのはらいせに仲間に陰で指示を出し、スミに暴力を向けさせることもあった。剛三は以前から、将来、なみと長男の徳一を結婚させようと考えていた。

中学校でのなみの振る舞いに気をもんだ剛三は、彼女を落ち着かせるにはその話を早めた方がよいと考えるようになった。 剛三はなみを座らせ、話を切り出した。

「お前、徳一のこと、どう思っている?」

そう言われても、なんと答えていいか、なみには見当がつかなかった。義兄は義兄である。

「中学を卒業してからの話になるが、どうだ、徳一と一緒になるというのは?」

なみは驚愕し、即座に拒否した。

「そんなのいやだ、あんちゃんとは一緒になれねえ」

徳一を異性として意識したことは、一度もなかった。彫りの深い顔立ちだが、労働で真っ黒に日焼けし、厳つい徳一は、彼女が憧れる銀幕のスターとは大違いだった。

 

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