四階の女性を遊ばせないように上階から注視していて、一階に顧客が来たことがわかると、四階に名指しで指示の電話がかかってきた。指名された女性は貸出衣装の準備作業の手を休めて、そそくさと接客に降りて行った。女性スタッフが新規の客の試着を終えると、リーゼントの男性がすかさず顧客の前に現れて、タッチ交代で予約の交渉に入る。

花嫁衣装を見に来ただけの人にも、仮予約金を出させて、衣装のレンタルの約束をして帰らせるのが彼らの仕事である。能率的と言えば、能率的だが、怖さのある職場だった。

詐欺行為だと思えたのは、一着しかない衣装に対して、同じ大安の日に、何人もの花嫁が重なって予約をしていたことだった。結婚式の予約は、毎日平均して入るものではなく、大安の日に何件も重なるものだ。

その日に、ミスで起こるダブルブック、トリプルブックではない。知っていながら受けたでたらめな多重予約だ。良い衣装は、どの花嫁の目にも留まる。一着しかないからといって、予約済みだと断れば、予約がとれずに帰られてしまうので、正式予約に結び付けられない。だから同じ日に一つの衣装に何人の予約が入っていても、予約OKを出せと女性スタッフは上から言われていた。

その気にさせて仮予約金を出させて帰し、後日色々な理由をつけて花嫁を一人一人呼び出し、予約衣装を変更させた。

予約金を千円でも払った人は言われるままに素直に変更する人もいる。しかし泣く人や、訴訟沙汰にまでなる人もいるようだった。こんな悪質な商売はしたくないと思っていた頃、ハワイ挙式のスタッフは別のオフィスに移ることになった。

同じ経営者の運営下なので、同じようにあくどいことをするのかも知れないとは思ったが、とりあえず、あの『やくざの一家』から離れられるので、そちらへ移ることを歓迎した。

新しいオフィスには新入社員五名の他に一人の中年の男性がいた。彼は旅行社の人で、ハワイ挙式の取り扱いとともに発生するハワイ旅行の案内と受注をするため出向してきていたのだ。その人がその場の責任者としてスタートしたので、少しほっとした。

後日、彼と話をしていて、この会社に対して私と同じ印象を持っていることを知った。

「三か月後に、ここはやめて、自分の会社に戻ることにした」と彼は自分の方針を語った。

「私もこの職場は長く続きそうにありません」と自分の気持ちを言うと、「三か月後に自分の旅行会社でも、海外挙式のセクションを立ち上げるつもりだ。同じ仕事だから、来る気があるなら、同じ条件で採用してもいいよ」と言ってくれた。

私は何も考えず、本当に何も考えず、渡りに船とばかりに、その話に飛びついた。どんな会社なのか全く知らなかったが、今の会社よりはましだと判断した。

一緒に入社した二十六歳のもう一人の女性も同じように三か月後に退職することを決め、二人で同じ旅行社に入ることになった。

本連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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