「とりあえず携帯の番号、教えてよ」
「いいけど、本当にどうしたんだ、いきなり」
「いいじゃないか、昔の仲間でしょ。ちょっと会いたいんだよ」
「お前、今、どこ?」
「家は青山なんだけど、事務所は、ヒルズ」
「青山なら、俺の会社も青山だ」
「出来れば、明日でも、事務所の方で会いたいんだよ」
「事務所って、ヒルズ? どこ? ヒルズって?」
「六本木ヒルズだよ」
「えっ? そんなとこに会社あるの? いいとこ入ったなぁ」
「まあね、明日はどう?」
「いきなり明日かよ、まっ、いいよ、どうせ青山から近いしな」
僕は、自分の携帯の番号を伝え、ユーの会社の電話とユーの携帯番号を聞いた。会社には新規の顧客候補がいるからとでも言って出ようと思っていた。
その頃、僕は青山の広告代理店に勤めていた。それほど大きな会社ではなかったけれども、出来たばかりの会社で、活気があった。
広告代理店は人気の職種だったので、とても受からないと思っていた。面接の前の日に読んでいた宮本武蔵の本に、人と対峙するときに目と目で決まることもあると書いてあったので、翌日、面接官の目をじっとみてそらさず、俺は宮本武蔵だと思って受け答えした。
それが幸いしてか、その会社に合格した。部署は営業だった。しかし実際には広告について何も分からず、どうしたものかと就職してから上司に聞くと、「お前、たいした心臓だな。広告の中身も全く分からずに入ってくるなんて。はじめてだぞ、そんなやつ。まっ、営業だから、ともかく元気にクライアントのところに行って、気に入ってもらえ」。
案外、上司もラフな人で助かったが、はじめの一年は、本当にちんぷんかんぷんで、ノイローゼにでもなるかと思ったが、自分なりに考えてやればいいんだと開き直ってからは、飲み込みが早くなったようで、楽に仕事が出来るようになった。
三年もするといっぱしの広告マン気取りで、平気でモデルの女の子にアタックするような典型的な広告代理店の営業マンになっていた。
上司は、広告代理店の営業は、男芸者にやくざの世界、とか言って、お客さんにとりつくことと、筋道を間違えないことだと、いつも僕に説教してくる。
確かにマーケティングだなんだと言っても、本質はそうかなと僕も思い、マメにお客さん、クライアントのところに出かけて、飲み会やゴルフもそこそこつきあえるようになった頃だった。
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