十蔵は座敷の天井裏に潜んだ。佐和山に増田長盛が来るという情報を得ていた。天井裏に押し当てて会話を傍受する『忍び筒』も用意してある。

天井に空いた穴から下を覗き見ると、すでにこの部屋に三成と吉継は一緒にいて笑い話に興じている。

十蔵は大事をなそうというこの時期にこの態度、二人は意外と大物かもしれないと思った。そこへ増田長盛ともう一人が入ってきた。

(いったい誰だろう? 黒染めの僧服を身に纏っている。もしや毛利の使僧・安国寺恵瓊(あんこくじえけい)ではあるまいか?)

この意味する事の重大さに、いつもは不敵な十蔵も身を震わせるような興奮を覚えた。より慎重でなければならない。十蔵が聞き取った密談の内容は驚くべきものであった。

四人はこの密談で、何とあの毛利輝元(もうりてるもと)を全軍の盟主に担ぐことを決定した。増田長盛は、長束正家、前田玄以、前田利長と語らい、豊臣秀頼の要請の形で、毛利輝元に大坂に向け六万人の軍勢を引き連れて国元を出帆してもらうようにすること。

安国寺恵瓊は京の毛利屋敷にいる輝元の甥でその元養子の毛利秀元に大坂城西の丸に入らせ、家康の留守居・佐野肥後守綱正 (ひごのかみつなまさ)を家康の側室ともども追い出させ、輝元の西の丸入城の準備をすること。

その後長盛は、五大老の一人である宇喜多秀家を入城させ、輝元に秀家とともに家康を糾弾する二大老連署状『内府違いの条々』を、前田玄以、増田長盛、長束正家の三奉行の副状とともに諸大名に送らせるといったことであった。

十蔵はその内容のあまりの重大さに、心の臓が、おのが身の外に飛び出してしまうのではないかと思えるほどの緊張を覚える中、飯道山麓の善実坊の屋敷へと急ぎ戻った。

 

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