恵理の記念すべき初出勤の日まであと2日と迫った日、この家族に最大の悲劇が訪れることになった。恵理は智子と一緒に畑仕事をしていた。智子が初出勤間近な恵理に気を遣った。

「恵理、あんた指先が汚くなるからもう上がりなさい。役場で事務仕事でしょう。爪はきれいにしておこうね。周りの人から指先は見られるでしょう」

恵理は、そんなことよりも母の手伝いが大事といつもなら思うところ、役場の仕事のため、スーツや靴を買ってくれた母の思いやりが痛いほど理解できたので

「お母さん、ごめんねごめんね〜。じゃあ上がります」

「指、よく洗うのよ」

「わかってる」

こう言って恵理は井戸で指を洗った後、一人で家に帰った。

「ああは言われたけどそんなにきれいには落ちないな」と両手の指を見ながら玄関を開けた。

家の中には、今後はどうせこれからは娘が勤めに出るからとすっかりたかをくくっていた祐一がいた。娘が就職と報告した翌日からは天候や海の状態にかかわらず漁に出ない日が増えた。

この日は凪といってもいいぐらい穏やかな海だ。しかし、祐一は外に出るのも億劫な気がして完全にやる気が起きず、朝から飲んだくれていた。恵理が帰った時間はもうすっかり酔っ払っていた。

「ただいま」

「おう」

祐一はもうべろべろに酔っている。

「今日はね、お母さんが初出勤の日に指先が汚かったら困るからもう上がっていいって」

「あっそう」

「すぐ昼ご飯にするからね」

恵理が台所の流しに向かった。祐一は恵理の尻をずっと見ている。穴が開くぐらい。目が怖い。

その瞬間だった。祐一は股間を膨らますと我慢できず台所で後ろ姿の恵理に抱きついた。泥酔漂流事故以来、自暴自棄になり、智子同様家族といえども、自らのパニック症状をわかってもらえない恵理にも嫌悪に近い感覚を持っていた。