翌日の午後に、やっと安田の自宅に祐介の電話がつながった。安田が朝方亡くなったことを父親から短い言葉で告げられた。

その日の夕刻、祐介は安田の自宅へ弔問に訪れた。美沙にも電話したが、死に顔を見るのが辛いから行けないと言うので、学内で安田と親しかった北見や有芽子、そして咲子にも声を掛け、川越にある安田の実家を訪ねた。

蔵づくりの古い商家の店先で、母親が出迎えてくれた。祐介たちは深々とお辞儀を交わした。

「さあ、お上がり下さい。公男と会ってやって下さい」

祐介が考えていた以上に、母親は気丈に振る舞っていた。安田は、一番奥の部屋に横たわっていた。そして、安田の枕元に祐介たちは通された。

安田の顔に掛けてある白い布を、祐介は恐る恐るめくった。鉄塔の下敷きになったというから痛ましい死に顔を想像していたが、静かに寝入っているような安らかな表情だった。しかし、いつも間近で見ていた顔とは違う、死出(しで)の化粧が施された顔であった。化粧の下は、いったいどんなだろうと、ふと思った。

安田は、祐介に恨みを抱いたまま死んでいったに違いない。たとえ、それが誤解であろうと。いや、それは果たして誤解だったのだろうか。祐介は、安田に対し後ろめたい気持ちがあった。それは、自分の中に芽生えた美沙への思いだった。その思いは、心の奥深くに元々あったものだったのかも知れない。祐介は突然、安田に詫びたい気持ちに駆られた。

そして、枕元を離れるとき母親に言った。

「安田君の遺影を私に描かせてもらえませんか?」

祐介は、最後に安田にしてやれることはないかと、探していたのだ。

安田の母親は、何も言わず頷いた。そして、祐介を見たその目は、安田の目とそっくりだった。祐介は、安田の写真を一枚借りてアパートへと戻った。

祐介は、画用紙を取り出した。写真は、ゼミの合宿で一緒に上高地へ行った時のものだった。背景に圧倒されて、顔は鮮明には写っていない。しかし、祐介は安田の顔の細部までよく覚えている。考えてみれば写真など必要なかった。祐介のコンテ鉛筆を持つ手は、何者かに促されるように安田の顔の輪郭を描き始めた。そして、僅かな時間で安田の肖像を描き上げていた。

いつの間にかアパートのガラス窓が、青く滲んできていた。

 

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