【前回の記事を読む】猛スピードで走り去る車、左足に火がついたような痛み。じっと耐えながら、草むらで左足をペロペロと舐め回していた。
2、言わせてもらえば
(村木)
「二階にもトイレと簡易の流し台があって、各部屋にはカギも取り付けてありますので、防犯面は心配ないと思います。お隣さんは、日中はお留守の家と空き家なので、窓を閉めれば防音のほうも問題ないと思います」
「お誂え向きとはこのことですね。ぜひ貸室にしたほうがいいですよ」
私は、こんな所でお役に立つのなら、いつでも結構ですと、喜んで住田さんの話に乗りました。ピアノ教室の話はとんとんと進んで、我ながら驚きました。後で思えば本当に軽率でした。その訳は追々お話しいたします。
「ピアノ教室をやりたいというのは、この方です」
と言って、その一週間後には、住田さんが若い女性を連れてこられました。がっちりした体形で私より背が高く、三十歳くらいと思われる落ち着いた感じの人でした。
「影山富子です。よろしくお願いします」
そう言って、お辞儀というより、上から見下ろすように頭をカクンと下げました。伏し目がちで、ちょっと不愛想な感じだったので、思わず私のほうがよろしくお願いしますと、丁寧に頭を下げました。
影山さんは、音大を出た後ピアノ教師をしていたので、ノウハウを心得ていると言い、あまり詳しい経歴は話したがりませんでした。会社と違うので履歴書や身分証明はあえて必要はなく、簡単な自己紹介を信頼する以外ありません。
彼女は我が家のリビングとピアノを見て、ひと目で気に入ったらしく、すぐに具体的な話し合いになりました。ピアノ教室の時間は毎週三日間で、午後二時から六時までの四時間、部屋代は前月までに銀行振込にするという条件で、もちろん光熱費も支払うと、すらすらと話されました。
私は反対する理由がありませんでした。一抹の不安は感じましたが、人様のお役に立ち、わずかでも小遣いになれば一石二鳥ではないかと、快く受け入れました。住田さんの紹介ならば安心と、その場で『賃貸借契約書』を取り交わすことにしました。さらに住田さんは、今回は特例なので紹介手数料等は要らないというので、二人だけで契約書を作りました。
そうと決まれば早いもの。貸し教室は、再来月からオープンすることになり、早速二人で準備に取りかかりました。