壱─嘉靖十年、漁覇翁(イーバーウェン)のもとに投じ、初めて曹洛瑩(ツァオルオイン)にまみえるの事
(4)
私はふと、気がかりになっていたことをおもい出した。
「羊七(ヤンチー) ――」
「うン?」
「虎だとか、象だとかの肉をさばいたことは?」
「ない」
即答である。
「ほかに、肉をさばく職人はいるんですか?」
「いない。少なくとも、おれが知っているかぎりではな。おまえの屋台もそうだし、西山楼で使う肉も、ぜんぶおれがやっている」
十年来、漁門ではたらいている羊七(ヤンチー)が言うのだから、まちがいあるまい。
「どうして、そんなことを訊く?」
「実は……湯祥恩(タンシィアンエン)師兄にたのまれて、帳簿を見たんです、肉の。計算ちがいがあればなおしてほしいと。そうしたら、虎だの、象だの、雀だの、いろんなけものの取引が記されてまして」