「もうすぐ、あの日がくるわね」

「そうだな、あの日に、決まってお参りに来るな。あの爺さん」

「今、平和な時代で、戦争なんてやってないのに、よっぽど、うちの爺さんに思い入れがあるんだろうな」

爺さんの遺影は一つしかない。うちの爺さんと、お参りに来る爺さんの写った写真だけだ。

「それを見たとき、あの爺さん、涙を流していたな」

親父は、その写真をじっくりと見ている。

「座っているのが、うちの爺さんだ。立っているのがあの爺さんだからな」

うちの爺さんが分隊長であることは死んだばあさんからも聞いていた。

「あの爺さん、よっぽど、うちの爺さんに世話になっていたのかもな」

「今度来た時、聞いてみようよ」

盆は二週間後のことだった。

あの爺さんは、決まって盆の終わりに来る。

「あの爺さん、今年もくるのかなあ」

そう、皆が思っているやさき、夕方の四時三〇分に爺さんは来た。この日も、ヨシオは干からびたスルメのようになるまで、パンチとキックで体をしごいていた。

爺さんは、いつもどおり、四時三〇分に訪ねてきた。この時間は何年も変わらない。

仏壇に手を合わせた後、いつものように、親父と、お袋と爺さんは話を始めた。何年も変わらない話が始まる。

「いつも、仏壇のお供えの花は桔梗の花ですね。分隊長は奥さんの写真と桔梗のドライフラワーと一粒の種を大事に胸にしまっておられました。奥さんのおなかが大きい時に出征されたので、〝一粒種〞として、大事にされてましたよ」 爺さんは、仏壇の桔梗の花を、愛おしく見た。

そして、目をつむり、うっすらと涙を出して言った。

「結局、子供さんを、分隊長は見ることがかなわなかった」

「うちの庭を見てくださいよ。一面の桔梗の花畑です。亡くなったお袋が、親父の気持ちを忘れないよう、毎年、植え増やしたものですから、こんなになっちゃった。息子の私としても、そんなお袋の気持ちが分かるものですから、刈ることもせず、手入れしています」

そう言って、皆は庭を見つめた。

「強かったですよ。分隊長は。私は、分隊長に本当に世話になったんですよ」

「とくに、射撃はうまかった。ジャングルの中でどこから飛んでくるかわからない敵の射撃で、みんな、やられていった。こっちは銃弾も不足しているし、食料もほとんどなかった」

その爺さんは、茶柱の立っているお茶をゆっくりと飲むと、深いため息をついた。

「向こうは、弾丸も食料もふんだんにあった。私たちは敵に囲まれて、全滅するのも時間の問題だった。補給も援軍もない。捨てられた分隊だったんですよ」

爺さんは、悔しい目で、仏壇の上にかけてある遺影を見た。

「分隊長は目も勘も素晴らしかった。私たちは食料も気力も限界に来ていた。そんな中で、分隊長は四方からくる銃弾から察知して、相手を的確に、少ない射撃で倒していた」

「野口! お前は動ける人間を連れて、後方司令部に転身しろ!」

分隊長が私にそう叫ぶので、私は歩ける気力の残っている将兵を連れて後方司令部に向う準備をした。

「野口! 何やってんだ、早く転身しろ!」 大きな声で、分隊長は何度も叫んでいる。

 

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