第一章

見知らぬ乗客

九月五日

その女は二人がオランダの巨大な国際空港、スキポール空港で、それまでの大陸間をつなぐ大型の飛行機からヨーロッパ間を行き来する中型機に乗り換えた時、彼らと並んで三人掛けの狭いシートの通路側に席を取った。

ここまでの旅はあまり眠れなかったことを除けば、まあまあと言ったところだった。実は彼は日本からのフライトをビジネスクラスにしようとしたが、彼女は同じ金を使うならホテルや食べることに使った方がいいと反対した。

結局プレミアムシートにしたが、乗り換えた飛行機は中型機のエコノミークラスで通路が狭く、細い通路の両側にそれぞれ三人掛けのシートだった。LCC(格安航空)ほどではないにせよサービスは悪くなり、乗り心地も一段と悪くなった。

新婚夫婦は目的地が近付くにつれてほっとし、やれやれと安堵の吐息をついた。ここまでの道のりは長かった――。

パンデミックのせいで彼らの新婚旅行は三年遅れた。Covid-のパンデミックの前には成田―ミラノ直行便が飛んでいた。イタリアのナショナル・フラッグの航空会社が飛ばしていたのだが、その経営状況はパンデミックになる前から雲行きが怪しかった。

体力のない航空会社なのに組合だけは九つもあって、それらが勝手にストライキを打つ。何度も倒産しかけていた会社はパンデミックが最期の一撃となり、遂に二〇二〇年に倒産してしまった。

その間にウクライナ紛争が始まり、そのせいでキーウ上空も飛べなくなり、日本からイタリアへ行くには北極・グリーンランド経由か、アジア・中東経由しかなくなった。結局会社が大きく、安定したフライトを提供しているオランダの航空会社を選んだ。

三人掛けの通路側に彼らと並んで座ったその女は、年の頃四十位か、そんなに若くはない。茶褐色に金髪が交じった縮れ毛で、体は筋肉質で背が高く、何かスポーツでもやっている感じだ。

機内は暗いのに、薄い紫色の掛かったサングラスを掛けていて、目の色は分からない。白地に黒い格子縞のニットのブラウスにジーンズをはいたその女はひどく落ち着きがなく、何度も時計を見たり、突然立ち上がって通路を行き来したり、何らかの理由でナーヴァスになっている。

よっぽど「いい加減にしてください」と言いたいが、目立った迷惑行為を仕掛けているわけではないし、飛行時間はそれほど長くないので我慢するしかない。

窓からは雪を頂いた山々が見える。ヨーロッパ・アルプスだ。夫は何度かヨーロッパには来ているがスイスから南には行ったことがなかった。この峰々を越えればもう三十分と掛からない。

イタリアはすぐそこだ。
 

 

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