確かに彼女は兄の信吾と違い、丈夫だった。

近所の子供らと長福寺の裏山を駆け回り、古物商の廃品置き場を遊び場にしていても、大きな病気や怪我をすることもなかった。

ある時期から、小学校の廊下の一角に本棚が並べられ、自由に本が借りられるようになった。

家では正月のお年玉として、小学生向けの雑誌を一冊買ってもらえるだけだったから、千津はすっかり読書に夢中になった。

明智小五郎やシャーロックホームズの探偵物、「巌窟王」から「シートン動物記」「ファーブル昆虫記」更に「赤毛のアン」や「ああ無情」といった少年少女向けの文学全集へと、読書範囲が広がっていった。

家で取っていた新聞の、漢字に読み仮名が付いていた連載小説も読み出して、健一から、「なんだこのガキは、ませてるな」と言われた。

信吾の本棚から、吉川英治の「三国志」を借りて読み、歴史物の面白さも知った。

漫画も大好きだったが、勉強の役に立たないと家では買ってもらえなかった。

ある日、少女漫画を友達に借りて、授業中に隠れて読んでいたのが担任に見つかった。

「あなたってそういう人だったのね」

千津から本を取り上げた先生は、みんなの前で冷たく言った。

「そういう人」とは、つまり「お前はずるい奴、ってことだ」と、心に響いた。

好きだった担任の先生からの一言は、彼女の心に深く刺さり、その後、漫画とは距離をおくようになった。