だから滝沢にあんな卑劣な扱いをずっとされていても、だいちゃんは平気だったのかもしれない。心に尊敬している人間がいるのと、いないのとでは、逆境の中でも心のあり方が違うからだ。三年生の頃の僕みたいに。
「体をしっかり作っていないと、いくら球を投げる時のフォームがちゃんとしてても、弱い方に引っ張られたりするんだって。あいつの作るプログラムなんてめちゃくちゃだけど、わかんない程度に力抜いてやってんだ。他の場所ではちゃんと自分で、平良先生の作ってくれたメニューで筋トレ続けてるよ。
俺の先生は平良先生だ。滝沢なんて、心の中じゃ全く認めてないよ。あいつは気がちっちぇから、人のそういうのに敏感なんだよ。だから俺のことが目障りなんだ」
そう言ってだいちゃんは豪快に笑った。
環境の変化に振り回されずにしっかり自分を保っているだいちゃんを見て、僕はちょっと感動した。この一年でのだいちゃんの急成長ぶりが、ただ眩しい。きっとだいちゃんは、平良先生が戻ってくるのを信じて今でも待っているのだろう。
強力に良いものも、強力に悪いものも同時に引き寄せてしまうだいちゃんの持つ吸引力に、僕はいつも内心で驚いていた。
普通の子が経験しないようないろんなことをその若さでたくさん経験して、そこで感じたいろんなことをしっかり自分のものにして、だいちゃんは、着実に大きくなっている。
その隣で、平凡な日々を過ごしている僕。
あれほど剝き出しの感情を周囲にぶつけていただいちゃんが、いつの間にか僕にも上手に隠せるようになっていることに、嬉しさよりも、なぜだか寂しさの方が勝って、その事実が僕を戸惑わせた。
だいちゃんは、本当は野球部で今何を感じているんだろう。子供の頃だったら、聞きたいことはお互い何でも聞いていたのに、今は聞けない。
だいちゃんにはだいちゃんの世界が出来て、深いところはあまり立ち入らないようにだんだん気を遣うようになってきて。それが、大人になるっていうことなんだろうか。
成長してお互いの秘密がちょっとずつ増えていって、僕の知らないだいちゃんの部分がちょっとずつ増えていって、僕だけが、何も変わらずに子供のまま取り残されていて、なんだか悲しかった。
本連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
【イチオシ記事】朝起きると、背中の激痛と大量の汗。循環器科、消化器内科で検査を受けても病名が確定しない... 一体この病気とは...