父の書斎(しょさい)は研一にとって宝の山だった。ずらりと歴史関係の本が並んでいた。
借り出しノートの最初の一行に『古事記(こじき)』と、記した。現代語訳の文庫本だった。
自分の部屋ですぐに読みはじめたが、難しかった。学校で教わってない漢字は多いし、意味もよくわからない。特に人物の名前や関係がわかりにくいし、覚えにくい。指先で文字をたどったり、ノートにメモしながら読み進めた。研一の好きなことだから、難しくても、おもしろかった。
4 ヒスイとヒメの仮説
波奈の部屋で、波奈と文子はパソコンの画面を見つめていた。
「ヌナカワヒメ」で調べたら、いくつもあった。波奈がつぶやいた。
「ヌナカワヒメの伝説って、一つじゃないのね。いろいろな説があるわ」
「ほんと。出雲(いずも)の神オオクニヌシノミコトが、かしこく美しいと評判の高い越(こし)の国のヌナカワヒメに求婚(きゅうこん)するのは、どれも同じね。
オオクニヌシノミコトが、越(こし)の土地の神と戦う話もあれば、どちらが先にヌナカワヒメの家に着くか、牛と馬に乗って競走する、というのもあるわね。能登(のと)で二人は暮らしはじめるけど、ヌナカワヒメがすぐ逃げてしまうというのもあるわね」
ため息をつく波奈を、文子はなぐさめた。「次に、みんなに会うまでに、今日調べたことを、表にしておくわ」
七月二十八日は、もうれつに暑かった。テレビのニュースでも、記録的な暑さという言葉が、毎日使われていた。
波奈は朝から部屋のエアコンをかけっぱなしにした。おとうさんもおかあさんも仕事に出かけた。
「こんにちは」
文子の声が、玄関(げんかん)から聞こえてきた。続いて、自転車のブレーキをかける音と、男子の声が聞こえてきた。部屋に入ると、三人ともうれしそうに言った。