そう言って、ほとんどの大人は帰って行く。これがいつものパターンだ。その頃から、ヨシオには人生の目標なんてなかった。将来の、社会がどのようなものなのか、想像もつかない。当たり前だ。

父母のことを考える。ほかの大人も同じだ。共通していることは、誰一人として、今の自分に満足しているようには見えない。

ヨシオは素朴な疑問を抱いたまま、十七歳になった。

ヨシオは学年五位以内の成績で東大に受かる名門高校にいた。一年間、数学については期末試験、実力試験の全てについて一位だった。人より良い成績であることは優越感の極みだった。

頭一つ抜けている数学を生かし、理工系の大学に行くことがベストであることは理屈としてはわかっていた。しかし、心の底から自分の進路を決めてしまうほどのものではなかった。

一体、俺は何になるべきなのか、ヨシオには、その回答がまだ見つかっていない。

ヨシオはファイティングポーズをとる。自分は何に見えるのだろうか。「ケンシロウ」に見えるのか「ブルースリー」に見えるのか。それとも……。

しかし、ヨシオには不思議な感覚が時々襲ってくる。

親父が大事に持っている、本棚においてある数十年前のあしたのジョーのコミック本。そして、天井に貼ってある、あしたのジョーのポスター。

親父はその場所に来ると、いつもハエの止まるようなストレートパンチ、腰の砕けたようなアッパーブローをくりかえす。

ひとつもカッコよくなかった。初老の男が、ヨシオの部屋で、ひと暴れした挙句、満足顔をして、一階に降りていく。親父は洗面所に行って、シャワーを浴び、いつものように水を飲む。カッコ悪い親父の日課だった。

親父は何故、「あしたのジョー」に魅せられたのだろうか。

そんな親父を見て、ヨシオは心の奥底で、いつも、引っかかっていた。

 

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