「もしかして、このわしもこの先、おのれと同じような変化を遂げるのであろうかのう? だったらなおさら、このような地獄の世界に留まるなどとの弱気を起こさず、一緒に逃げ出そうじゃないか」

しかし、蛆虫は、意に介することなく述懐を続けた。

「大きく変化したのは、五感だったよ。分けても臭覚と味覚については、信じがたい変化があった。まずは、ゴミの臭いが気にならなくなったんだ。それどころか、あの饐(す)えたような何とも耐え難い刺激が、むしろ好ましいと思えるようになっていった。

腐りゆく肉塊の辺り一面に立ち込める吐き気を催す死臭、野菜や穀類の繊維が溶け出して放つ酸っぱい刺激臭、それらは皆、おのれの食欲をそそる誘因物と化していった。

これらの汚物の臭いを嗅ぐと、知らぬうちに胃の腑のあちこちよりけたたましい量の酸が湧き出て、これから迎え入れんとする悍(おぞ)ましい食べ物の消化を行う準備が整う。さらに仰天すべきは、味覚の変容ぶりだった。一体この舌はどうなってしまったのだろう。より傷みが進み、夥(おびたた)しい腐敗臭を放つ汚物にこそ舌鼓を打ってしまうのだ。

二カ月を過ぎる時分には、無残この上もないことに、今まで曲がりなりにも手や足として役目を成していた器官は、すっかり原形を留めてはいなかった。その代わりに、体の至る所から、何対もの疣(いぼ)の如き節くれが芽生えてきて、それが段々と大きく盛り上がってきたのだ。今では、紫陽花の葉に匍匐(ほふく)するマイマイのように柔軟な蠕動(ぜんどう)運動を繰り返す。

おのれが天に向かって『生きたい』と懇願してから三カ月、もうそこには人間の痕跡を残すものは、消え失せていた。その頃であった、底穴にできた茶褐色の汚水池に様形(さまかたち)を映し見た。あまりの悍ましき我が身に涙が止まらなかった。

いや、それは正直な話ではない。実のところ、その涙する様子は心に描いた妄想に過ぎず、もはや自分には、涙の一粒でも絞り出すような器官は、とっくに失せてしまっていたからだ。

この現実に、俺の精神は完膚(かんぷ)なきまで叩きのめされた。人間らしい感情も徐々に薄らいでいくのが分かる。本当の蛆虫に成り下がってしまうのも遠い先のことではなかろう」

老人は、この穴に落ちて以来、自分の取ってきた行動や姿が、眼前で語るこの者と酷似していることをもはや受け入れるしかなかった。

  

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