食事を終え、コーヒーショップで時間を潰した。夜八時以降の大連では、ゆっくりと話ができる店はなく、部屋に向かうしか選択肢はなかった。

仁が大酒店入室後、丽萍(リーピン)に電話すると既に食事も終わり、中山公園近くのコーヒーショップで待機していたので三十分後に部屋に来るように伝えた。

直ぐにバスタブに湯をため、身体を温めて疲れた顔を見せずに、身綺麗にしてから、再会することにした。バスタブに湯をためている間に二年前と同様に、朝早く大学へ向かう丽萍(リーピン)の為に、百元札を十枚封筒に入れて、テーブルの上に置いた。

時間通り、部屋鈴がなり、社会人としての落ち着いた雰囲気で若干背が高くなった丽萍(リーピン)が、部屋の前に立っており、凛とした姿に招き入れる自分が緊張していることを感じた。

丽萍(リーピン)は、勝手知ったる香格里拉大酒店なので、案内されることなく部屋の前まで行き、九時前に指先に力を込めてインターホンを押した。湯上がりの香りと優しい笑顔の中、軽く抱擁されて、部屋に迎え入れられ、応接のソファーに座るよう促された。

彼の虚ろな目は、一年振りに再会する喜びではなく、二年前に初めて会った「風倶楽部」の小姐(シャオジェ)を見ているように思われた。

仁は「温かいシャワーを」と言い残し、バスローブをソファーの横に置いた。

飲み物を入れるグラスを探す為にベッドルームに入っていく姿を確認しながら、机の上の封筒をポシェットに入れて、そのまま部屋を出た。

身体の奥に疼きがありリチャードギアを待つジュリアロバーツのように、後を追いかけて来る声を待ち望みながら、エレベーターを待った。無垢のエレベーターは、無機質に扉を開き、足が自然に動き乗り込んだ。

何に怒っているのか、何が悔しいのか分からないまま大粒の涙が頬を伝った。香格里拉大酒店のロビーでタクシーに乗り帰宅した。テーブルから持ってきた封筒から百元札を一枚取り出し、「お釣りは要らないよ」と渡すと、卑猥な笑い声で「謝謝」と言われた。中国のタクシー運転手から生まれて初めて聞いた感謝の言葉であった。

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