研究発表したら、脅迫状が幾つも届き、歯科関係の新聞でもひどい中傷が加えられた。あの時のことが頭を過(よぎ)る。思い出しただけで気分が重くなるのを覚える。沈みそうな気分を抑えて草介は続けた。

「今は野も山も川も空気も、化学物質で汚染されて、人だけでなく、野生動物も魚も鳥も虫も生殖できなくなり、生命の稀薄な地球になっていると言われているのです。

意欲の低下した若者が増えている元凶に、この問題も疑われる、ということを知っておく必要があるのです。これらからできるだけ遠ざかって生きること、それが努力できるか否か、それがその人の今後の人生を分けるということを理解してほしいのです」

楽しくもない難しい話を、知数と実知は真剣に聞いていた。食い入るように草介を見つめ、頷いている。

「知数君がどのように判断し、生き方を選択するか、それは自由です。その選択した結果が、これからの人生になります。選択しない結果の実現はありません」

草介の言い方は突き放した厳しいものだったが、胸の一番奥に迫ってくる話だった。言葉は冷静だが、その言葉に込められた内容には熱があった。知数に自覚の力が湧いてくる。

それから草介は口腔内や姿勢の写真撮影を指示し、伊波に食事指導を行うよう命じた。

結局、全て終わったのは午後五時近かった。しかしみつる歯科を出る時、二人は手をつなぎ、スキップして歩いた。軽々と歩きながら、実知の心にはずっしりとしたものがあった。

「これから、もっと勉強しなければいけない」

今まで、何も知らなすぎたと実知は思った。自分の勉強不足から、知数にこのような苦しみを与えたのだ。ごめんね知数、と心の中で呟いた。

スプリントの効果はてきめんだった。知数自身は体の活性が高まり、心が充実してくるのがわかった。実知から見ても、まず表情が明るくなった。身のこなしがきびきびしてきた。元気が出ると自然に勉強机に向かっていて、夕方には、

「ちょっとランニングしてくる」と出かけていった。

【前回の記事を読む】身体を整えると心も変わる。一歩も外へ出なかった子供が運動したくなる咬合治療。2度目の来診時、引きこもりの男の子は人が変わったようであった。

次回更新は2月13日(木)、21時の予定です。

 

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