前回初診で観察した川瀬知数の症状はかなり重かった。立ち姿勢を保つことが難しく、すぐにソファや床に横になって猫のように丸まってしまう。言葉を交わすことができず、質問に対する反応も、わずかに首を横に振るか、縦に振って頷くかのみだった。

目は虚ろで、顔は艶がなく、カサつき、湿疹が目立つ。学校は長期不登校ということだし、重症な例だ。この重症例がうまく治れば、非常に重要な実例となる。

草介は、この例はよく治る可能性が高いと判断していた。このような例は非常に成績が良く、驚くほどの回復を見せることが多い。臨床経験からの判断だが、まず中肉中背であること、それから虚(きょ)の体質でないことがそう判断する理由だ。

細身で長身の体形の症例は治すのが難しい。体が曲がりやすいからだ。虚の体質ではないと判断する手掛かりは、顔が丸形で、血色が残り、湿疹が目立つことだ。魂が抜き取られた形骸のように、重力が感じられず、生気を失った例は治りにくい。

遺伝的な精神的素因の影響が強いことを考慮しなければならない例もある。確かに重症例だが、川瀬知数は違う。体の形態が歪められ、正常に機能することができなくなっているだけだと判断できるのだ。

午後の診療が二時に始まり、知数が母親に付き添われて入ってきた姿を見て、(やはり)と草介は内心微笑んだ。グンニャリしていた姿勢はほぼ正され、顔に生気がある。歩き方も全く正常だ。

前回、応急的にシリコン製のマウスピースを作って、今日まで使ってもらっていた効果が明らかに出ている。一緒に入ってきた実知も笑顔だ。

草介の側に来て知数はペコリとお辞儀をし、「お願いします」と小さい声を発して微笑んだ。人間がまるで変わってしまったのだ。これだから楽しく、やり甲斐がある。

歯科の仕事をすることと小説を書くことは草介にとって同じ意義を持っていて、事の本質を見透し、現在の限界を破り、次のステージ、つまり明日の景色を拓くことにある。歯の修理的仕事には関心がない。

「効果が出ているようだね。元気になった。これなら今日、本物のスプリントを入れればもっと効果が上がると思う」

草介は鏡の前に知数を立たせ、本人と実知に説明した。

「まだ少し右肩が下がり、左に比べて前方に出ているのがわかると思います。首もやや左に傾斜しています。今日まで使っていただいた仮のマウスピースは軟らかいので、強く咬むと狂いが出てしまって、決定的な咬み合わせの位置が安定しにくい。

これから硬いレジン製のスプリントを入れて調整すると、もっと正確に咬み合わせが決まります。今の姿勢の特徴、よく覚えておいて下さい」

今の姿勢を記憶しておいてもらうことが必要なのだ。スプリントを入れたあとの姿勢の変化と、同時に変化していく体調の変化を理解してもらう必要がある。それを自分で観察し、理解しておくことが、その後の本人の生き方や努力につながるのだ。