Ⅰ レッドの章

聞き取り (二)

掛川が小林警部補と会えたのはその日の夜遅く、二時間も警察署で待たされた挙句のことだった。夜の九時近くになっていた。

小林修吾(しゅうご)は四十がらみのがっちりした体格の、いかにも田舎の実直なおまわりタイプの男だった。掛川が名刺を差し出すと彼は自分が神林邸の放火事件の担当刑事だったと認めた上で、勝ち目のない裁判に賭ける若い弁護士を、さも気の毒だと言わんばかりに眺めた。

小林は事件に対する捜査には自信を持っていると見えて、「正次が一年以上も親の家に寄りつかなかったのに、たまたま帰省した日に火事が起きたのは偶然とは思えない」と言った。

「しかし正次は父親から手紙を受け取って実家に戻ったと言っていますが?」

「その手紙を見せろと言ったら彼は破ってしまって持っていないと言うんですよ」

神林正次の火事当日の足跡を辿ると、放火したのは彼だと結論付けざるを得ない。正次には機会も動機もあり、逆に彼以外に有力な動機を持った人間は発見出来ていない。

刑事は容疑者の神林正次の他に生きている神林禎一郎を直近で最後に見たのは同業者の乾という男だと言った。乾とは市内の小料理屋で午後八時過ぎまで食事していたことが判明している。その後禎一郎を見たのは息子の正次だけだ。この間他に誰一人生きている禎一郎を見た者はいない。

正次が父親の家に行って、二階の居間で倒れてすでに死んでいる父親を見た、と言い立てているのは八時四十分から四十五分の間だ。本当に父親が死んでいたのならなぜすぐに警察を呼ばなかったのか? 自分が殺したと思われるのが怖かったというのが彼の言い分だがその行動は不自然だ。親殺しという恐ろしい犯罪を告白出来ず、そう言っていると考えるのが自然だ。